「生命(いのち)の安全教育」は、子どもたちが性暴力の加害者、被害者、傍観者とならないよう、自分や相手の生命と尊厳を大切にする考えを学ぶ教育です。2023年度より本格始動したこの教育は、なぜ必要とされているのでしょうか? 実施の背景や重要性、教育内容、実例などを福祉教育の専門家が解説します。

目次

1.「生命の安全教育」とは?
2.「生命の安全教育」の教育内容
3.「生命の安全教育」実践事例
4.「生命の安全教育」今後の課題、実施のポイント
5. 「生命の安全教育」を包括的性教育への転換に活かす

1.「生命の安全教育」とは?

「生命の安全教育」とは、生命を大切にする考えや、自分や他人を尊重することを発達段階に応じて身につけることを目指す教育です。

性犯罪・性暴力の根絶は、待ったなしの課題です。内閣府男女共同参画局の報告書によると、最も深刻な/深刻だった性暴力被害に最初に遭った年齢は、16~18歳の高校生が最も多く(32.7%)、次いで13~15歳の中学生(24.0%)、7~12歳の小学生(15.7%)であり、0~6歳の未就学児も2.5%が被害者になっていると報告されています。

加害者との関係では、「通っていた(いる)学校・大学の関係者(教職員、先輩、同級生、クラブ活動の指導者など)」(36.0%)が最も多く、次いで、「まったく知らない人」(32.5%)、「SNS などインターネット上で知り合った人」(14.0%)、「職場・アルバイト先の関係者(上司、同僚、部下、取引先の相手など)」(11.0%)となっています。

被害に遭ったときの状況としては、「自分に行われていることがよくわからない状態だった」(26.4%)が最も多く、性被害に遭っていることを認識していない状況であることが報告されています(参照:若年層の性暴力被害の実態に関するオンラインアンケート及びヒアリング結果 p.21~26|内閣府男女共同参画局)。

性犯罪・性暴力は、被害者の尊厳を著しく踏みにじる行為であり、その心身に長期にわたり重大な悪影響を及ぼします。その根絶に向けた取り組みの一つとして、「生命の安全教育」がスタートしました。

被害者の年代と割合

出典:若年層の性暴力被害の実態に関するオンラインアンケート及びヒアリング結果 p.23|内閣府男女共同参画局

(1)「生命の安全教育」の目的

子どもに対する性犯罪・性暴力は、被害に遭ってもそれが性被害だと認識できないことや子ども自身が「助けて欲しい」と声をあげることができないこともあります。また、知識不足で気づいたら加害者になってしまう恐れもあります。

「生命の安全教育」では、生命の尊さを学び、性暴力の根底にある誤った認識や行動、性暴力が及ぼす影響などを正しく理解することを重視しています。そのうえで、生命を大切にする考えや自分や相手、一人一人を尊重する態度などを、発達段階に応じて身に付けることを目的にしています。

(2)国内の性教育の背景

「生命の安全教育」が実施されるまで、日本における性教育は、以下の変遷をたどってきました。

性教育を巡る主な出来事

2.「生命の安全教育」の教育内容

「生命の安全教育」は子どもの発達段階に応じて、以下の教育を大切にしています。

  • 生命(いのち)の尊さや素晴らしさを大切にする
  • 自分を尊重し大切にする(被害者にならない)
  • 相手を尊重し大切にする(加害者にならない)
  • 一人一人が大事な存在である(傍観者にならない)

各発達段階における主な教育内容は以下のとおりです。

(1)幼児期

幼児期ではまず、ケガを負ったときに体をケアするように、自分の体の大切さに気づかせます。そして、幼児の発達段階に応じて自分や相手の体を大切にするという考え方を身につけていきます。

(2)小学校(低・中学年)

小学校の低・中学年においては、まず自分と相手の体を大切にする態度を身に付けることができるように指導します。また、人からされて嫌なことにどう対処するかを学び、性暴力の被害にあったときなどに、適切に対応する力を身に付けることができるようにします。

(3)小学校(高学年)

小学校の高学年からは、自分と相手の心と体を大切にすることを理解し、相手との距離感を意識してよりよい人間関係を構築する方法を身につけさせます。また性暴力の被害に遭ったときなどの対処方法、心身の健康を守るためのSNSの使い方なども指導します

(4)中学校