晃華学園中の卒業論文の準備は、中2の春から始まる。生徒は担任教員と面談で話しながら、何をテーマにするか考える。好きなことを取り上げて構わないが、「好き」が「遊び」にならないよう担任がアドバイスしながら進む。8千字以上という条件があり、おもしろ半分ではとても書ききれないのだ。「生徒一人ひとりから、本当に興味のあることを引き出してあげることに力を注いでいます」と社会科教諭の長岡仰太朗先生は言う。
進路選択にもつながる学習に
中3の春まで1年ほどかけてテーマを絞り込む。どんな文献にあたるべきか、どのようなデータを得る必要があるかなど、テーマが固まるにつれてやるべきことがわかってきたら、フィールドワークや実験、文献の読み込みに取りかかる。テーマ選びを通じて、たとえば実験など科学的な学習と調べ学習のどちらのアプローチが自分にしっくりくるのかといったことがわかり、将来の進路選択にもつながってくるという。
広報部長で英語科教諭の富井尚子先生によれば、論文をわかりやすく伝える発表も学習の一部だ。中3の秋、書きかけの段階で行う中間発表は、同級生のほか中1生にも聞いてもらう。下級生に聞かせられるレベルのものにしなければ、というプレッシャーをあえてかけて奮起を促すとともに、中1には先輩がすごいことをやっているという意識を持たせるねらいがある。

完成したら中3の1月に提出するが、それで終わりではない。高1に上がった春には、完成した論文を改めて同級生と新中3生に向けて発表する。中3生にとっては、自分たちも1年かけてこの水準にまで持っていかなければ、と気づく機会になる。現在の高3は初めて1人1台のタブレット端末を手にした世代で、「Keynote」というプレゼンテーション用ソフトなどを利用した。
「都市と地方の医療格差」「現代日本におけるネット中立性の必要性についての考察」「ソフトボールはなぜ2バウンド目にのびるのか」「カフェイン摂取による作業効率向上の検討」「食品ロスと子どもの貧困」……。これらはいずれも、晃華中生たちの卒業論文のタイトルだ。
卒業論文からテーマ変更も可
高1で取り組む「探究論文」は、こうした卒業論文に教員がコメントを付けて返したものが土台となる。文献や既存の調査結果のまとめになりがちな卒業論文から一歩進め、自ら課題を設定し、問題意識を持って集めたデータや記録を論拠に、自前の解決策を打ち出していく。テーマを変えずにブラッシュアップすることが多いが、全く異なるテーマに変更してもよい。「どうしても性に合わないものを長く続けることは苦痛なのです」と理科教諭で進路学習指導部長の林美幸先生。テーマを変える生徒は40人弱のクラスで数人だという。

高3の大森愛弓(あゆみ)さん(17)は、中学の卒業論文も探究論文も、小児がんの子どもたちの支援について取り上げた。小児がんの治療法の開発に充てられる予算が少ないことを知り、レモネードを販売したお金を寄付する「レモネードスタンド」という米国発の取り組みを卒論に先立って作文で紹介。中3の文化祭では、作文に感銘を受けた保護者が中心となってレモネードスタンドを実現し、高1の文化祭では、自ら仲間を募ってレモネードスタンドを主催した。
こうした活動実績を盛り込んだ探究論文は約4万8千字にのぼる。レモネードスタンドのほか、病気の子と家族の滞在施設「ドナルド・マクドナルド・ハウス」へのボランティア活動を通じた家族への支援を提案したその力作は、全国学芸サイエンスコンクールの銅賞を受けた。大森さんは「小児がんに興味を持ち、当初は医学部進学を考えましたが、今は社会に貢献できる法律関係の進路を考えています」と将来を見据える。


高3の関野陽佳(はるか)さん(17)が中高を通じて取り組んだテーマは地域での清掃活動。中学入学前は月1回、土曜の朝にある地域での清掃に出ていたが、授業で参加できなくなっている間に参加者が減ったと母から知らされ、なぜなのか気になったことがきっかけだった。
同級生らと一緒に行った学校周辺の清掃では、どんなごみがどれくらいあるのか分別してデータを集めて分析した。コロナ禍で地域清掃が難しい時には校内の落ち葉を集めて腐葉土を作り学校の花壇にまくなど、状況に応じて続けてきた活動を論文にまとめた。「社会貢献には一人ひとりの小さな行動が大事。自分にできるのは問題を可視化して人に伝えることだと気づいたので、大学ではデータサイエンスを学びたい」と話す。
有志の「SDGirls」が活動
大森さんや関野さんの取り組みは、学習の一環であると同時に、SDGs(国連の持続可能な開発目標)の視点から自分にできることをしようという自発的な活動でもある。晃華学園中高では5年ほど前からSDGsの活動が広がり、生徒自身の発案でさまざまなプロジェクトに取り組む「SDGirls」(エス・ディー・ガールズ)と呼ばれる有志の生徒たちが出てきた。2人ともそのメンバーだ。
現在はレモネードスタンドや地域清掃のほか、食品ロスや子どもの貧困に関わる活動など、少なくとも20以上のプロジェクトが動いているという。生徒の自発性を生かすことこそ、探究活動の肝と言えそうだ。